油彩 キャンバス ミクストミディア 455mm × 485mm
メキシコは革命の国である。
それまでの圧政に耐えかね、1910年に市民が立ち上がった。
それはロシアの革命より早いものである。
今でも祝日として11月には革命記念の日がある。
その日は街ごとに記念行事が行われ、私がいた街では、すべての学校生徒によるパレードが練り歩く。
公立の学校から、美容師学校、コンピューターの学校など専門学校の生徒たちまでが参加する。
学校ごとに楽隊を組んだり、革命当時の衣装を着て「ビバメヒコ(メキシコ万歳)」と書かれたプラカードを持って歩いていく。
ただ列をなして歩くだけの学校もある。
革命という言葉からは反骨、反逆、権威に屈しないなど気骨のある精神を感じさせるが、暑い日差しの中、ダラダラとやる気なさそうに行進する生徒からは、革命のイメージは湧かない。
パレードを見ている人たちも、自分の子供や知り合いの子が通ると手を振って喜んでいる。
革命も100年たって、ただのお祭り行事となってしまった。
その年の記念日もそうだった。
もはや私もメキシコ人の1人となり、その昔にあった革命の精神に思いを馳せるよりも、目の前のパレードを楽しんでいた。
すると向こうからやたら胸に響く太鼓の音が聞こえてきた。
それは力強くキレがあり、太鼓を叩いている人の内面の力が充分に撥(ばち)に込められている音だった。
私はとっさに叩き手の姿を探した。
学校紹介のプラカードに「働く人のための夜間学校」と書かれた列から聞こえてくる。
その列は、貧しいために小学校を卒業できなかった人たちで組まれている。
制服もなく、精一杯着飾った私服が貧しさを隠せない一団である。
その中の50歳代で色の黒いおじさんが太鼓の叩き手であった。
おじさんは流れる汗もそのままに、きつく口を閉ざし、一点を見据えた真剣な表情である。
その目が、彼が叩く太鼓の音同様にとても力強い。
現在のメキシコでも、もう一度革命を起こそうと水面下で活動している人たちがいることは知っていた。
おじさんも、もしかしたらその一員かもしれない。
ダラダラと続くパレードの中で、そのおじさんが叩く太鼓の音にだけ、革命の精神を見た思いだった。